2002年7月某日
「この部屋に決めちゃいなさいよ。新宿のマンハッタンが見えるのよ」
ちょっと古めの電動車いすで(ゆっくり)風を切る。
小柄だけどずんぐりとした体型、顔いっぱいに年輪を浮かべながらも、つぶらな瞳の奥にピカリとした鋭さをのぞかせる。
初対面とは思えない、遠慮がない営業力、昔ながらの商売スタイル。
だけど、とってもチャーミングなおばあちゃん(当時社長)
何度目かの更新時に、社長の娘さんが担当に変わっていた。
最初は、おばあちゃん社長は留守なのかなと思ったけど
翌々年の更新時も、おばちゃんの姿はなく、その代わり、部屋の目立つ場所に、おばあちゃんの写真と「家族宛?の感謝の手紙」が飾ってあった。
手紙と並んで貼ってあった、おだやかな社長の写真。
泣きそうになった。
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私の部屋があるアパートの目の前に、大家さんの自宅がある。
引越し当初は家賃を直接大家さんに渡しをしていた。
ある日を境に、私の仕事が激務になり、なかなか大家さんのタイミングが合わなくなってきた。
何度目かの更新のときに、現金渡しではなく、銀行振込に変更をお願いをした。
なぜかというとオーナーは、大家さんの娘さんに変わったって。
「大家(奥)さん、亡くなられたのよ」
目と鼻の先でも、 気が付かなかった。
本当にたくさんお世話になったのに、最後にお礼を言えなかった。
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私の住んでいるアパートの隣のアパートのおばちゃん。
もう50年以上、いまの家に住んでいる。
もちろん、私が引越ししてきたころからいる。
毎日毎日休みなく、近所を掃除をしていた。
その道を行きかう人たち、ほぼ全員にあいさつをしていた。
だから、この道を通る人たちは、みんなおばちゃんのことを知っていると思う。
去年くらいから、同じ話しをよくするようになった。
2、3回レベルではない。
毎回、同じ内容を繰り返す。
そして今年から、私の顔さえもしばし忘れることがあった。
足腰も、だいぶ辛そう。
それなのに、毎日の日課の掃除は忘れない。
周りに気を使う優しいおばちゃん。
私が引っ越してきたのが、24歳のころ。
そんな私が、アラフォーになるんだもんな。
おばちゃんもいい年だよな。
今日、引越し前の挨拶をしてきた。
玄関にでてくれたのは、おばちゃんではなく、その娘さん。
普段は挨拶する程度だったけど、ちょっとだけ世間話をした。
うちの両親もいい年なので、いつかは自分の身にも起こるだろう。
人が老いることを、じょじょに直面していく時期になったのだ。
どうか、くれぐれも体に気を付けてね。
ほんとに、いままでキレイにしてくれて、ありがとう、おばちゃん。