午後のペンギンblog(2)子育て・終末医療・マイライフ

人生おりかえし ~ どんな時も、笑顔と感謝を♪

父が入院して13日目

5月13日、父は入院した。

その時点で、すでに食事がのどを通らなくなって3週間くらい経過していた。
土日になると病院がやっていないので、無理をいってというか強行で「点滴をするため」に病院へ行ったら、即入院となった。

 

結論からいうと、内臓はボロボロで治療の余地なし。
余命1ヶ月もなく、現在絶賛終末期です。

最初は、涙が止まらなく、自分でもなんでこんなに泣くんだろうって思うくらい。
いい年こいて、声出して泣いて、、、自分でもコントロールできなくて・・・・

一人で自宅に戻った時に、オラクルカードで「泣く理由」を占ってみたら
「父の体の痛みを思うと、何でもっと早く病院に行かなかったのかという後悔と
 父の痛みに気づいてあげられなかったと、辛くて泣いていた」みたいだ。


自分の顕在意識なので、あまり自覚していなかったが、確かにそういわれるとそうかもと納得。

7月で86歳なので、平均寿命を超えて、自然の流れに任せることに抵抗はなかった。

病院も極力「痛みをとる」こと、家族の負担にならないようにと心に寄り添ってくれたこと。本当にありがたい。

 

最初は、一番安い部屋が空いていなくて、その料金のランクで入院していたんだけど、リカバリー室という部屋に入れられて、そこは閉鎖的で暗く、窓もなかった。

ナースステーションのすぐ裏なので、入院直後は 点滴と酸素の管をむしり取る状態だったので、それはそれでよかったのだが、残り時間、せめて人らしく過ごさせたいという、私のエゴで個室を希望。

ただ空いている個室が「特室」という部屋になってしまいやや高めだったんだけど、そこに10日間くらいいて、今日、もう少しリーズナブルな個室が空いたとのことで、移動してもらった。

さらに入院してから一度も食事をしていなかったが、なんとアイスクリームを口にしたそう。何だか、アイスクリームまで用意してもらったみたい(笑)

でも父が食べたかったNo1の食べ物が「ソフトクリーム」だったので、本当にそれを聞いた時は、嬉しくて泣いてしまった。

 

父がお世話になっている病院は、本当に家族を第一に寄り添ってくれることを感じます。ここで病院選びって、改めて大事だなと。もちろん技術もそうなんだけど、患者家族の対応を受け入れてくれるかは、本当に重要だと思った。

 

私は、夜病院に泊まって、連泊3日目には自宅に戻るという生活で過ごしています。
今夜は自宅の日で、明日また病院に行ってきます。

 

最初は、急に始まった介護生活に「たたかう」という言葉がでてきたんだよね。
誰と戦うのか不明なんだけど、まぁ、いろいろ大変な事にむけて戦うぞって思ったんだろうね。

でも途中で気が付いたのは「たたかう」のではなく
「(父と)共に生きる」ことだったと。

 

父が辛そうな姿をみて何もできない自分にうろたえるんじゃなくて
その状況が「生きる」ってことなんだと。
痛みがあることは、生きている証なんだ。

 

「歩んできた人生に、有難みを知るため」とも教えてくれた。
確かに、自由に生きてきた父だからね・・・

 

この時代、核家族になってしまい、1人や2人で介護をするって無理です(^^;
公助、共助のサービスも増えてきているので、利用できるものは利用すべきだと考えています。

じゃないと、本当に家族の体力・メンタルが持たない・・・

 

何もできないけど、せめてそばにしたいという思いで、病院に行ってます。

父には、病状の話はしてなくて、最初は「早く家に帰りたい」と連呼していましたが、ようやく自分の体の痛みと変化(腹が水?で膨れてきたり)で、現実に向き合っているのかもしれない。

 

 

5月20日早朝6時半ごろかな。入院中の父から電話がかかってきた。
声がものすごく、動揺して、呼吸をするたびに機械音が聞こえて、
ただ事じゃないと悟って、意識があるうちに伝えなきゃって思って

「大好きだよ!家族になってくれてありがとう!」って何度も言った。

父は優しくうなずいていた。

私は「大丈夫だからね!元気になったら(私の)うちに遊びきてね!」って何度もいって、電話を切った。

 

もしかしたら、あの時で寿命は終わっていたのかもしれない。

私が強く強く神さまにお願いしたから、今は神さまがくれた時間だと思っている。

 

もっといえば、父は10年くらい前に大事故を起こしているが、後遺症もなく命が守られた。もしかしたら、その時に死んでいたかもしれない。
あれから生きて来れたから、初孫も抱っこできたんだよね。

 

「生きているだけで奇跡」ということは、こういうことなんだ。

 

これは周りに起きていることではなく、今自分自身が体験していること。
それは、父が自ら教えてくれた 命のこと。

 

 

長々と書いてしまいましたが、、、
神さまがくれたこの瞬間、瞬間に感謝です。

このまま穏やかな時間がずっと続きますように。